監修:株式会社アトリエ アムニー代表取締役 飯沼伸久(1級造園施工管理技士・ビオトープ施工管理士 在籍/2008年創業)
ランドスケープデザイナー・高野文彰氏(1944〜2021年)から受け継いだ思想は、子どもの遊び場づくりだけに留まりません。本コラムは、高野文彰「参加とデザインの質」〜ピープルズ・パークから世田谷プレーパークへで考察した思想が、アトリエアムニーの中でどう発展してきたかをたどる続編です。私たちはこの思想を「人が主体的に暮らせる環境をつくる」というランドスケープデザインの根幹として捉え直し、いま、高齢者福祉施設の庭・外構・中庭・園路・居場所づくりへと受け継いでいます。
プレーパークにおいて、私たちは「遊具を設計する」のではなく「遊びが生まれる環境」を設計してきました。子ども自身が土を掘り、木に登り、水に触れる中で、遊びを自らつくり出していく余白をどうデザインするか——それが私たちの出発点でした。同じ問いは、高齢者福祉施設の庭づくりにおいても、まったく違う姿で立ち上がってきます。「庭をつくる」のではなく「暮らしが生まれる環境」を設計する、という問いです。
子どもにとっての「遊び」が主体性の表現であるように、高齢者にとっての「庭に出る」という行為もまた、その人がその人らしくあり続けるための、小さな自己決定の連続である。
本コラムでは、高野文彰氏から学んだプレーパークの思想——自由に遊べる環境、主体性、自己決定、発見、人との関わり、自然との関わり——が、アトリエアムニーの中でどのように高齢者福祉施設のランドスケープデザインへと翻訳され、発展してきたのかをたどります。
高野文彰氏は、公園と市民の関係を「against(反して)」「for(のために)」「with(ともに)」「by(によって)」という4段階で整理しました。行政が上から与える公園(For)ではなく、住民自身が土を掘り、火を焚き、木に登れる場所を自らの手でつくり育てていく公園(By)にこそ、本当の豊かさが宿る——これが高野氏の思想の核心です(この思想の詳細な変遷は、高野文彰「参加とデザインの質」〜ピープルズ・パークから世田谷プレーパークへで詳しく解説しています)。
既製の遊具を並べ、安全性と管理のしやすさを優先した「For people」の空間は、利用者を受け身の「お客様」にとどめてしまいます。これは子どもの遊び場に限った話ではありません。整えられすぎた庭、決められた過ごし方しかない中庭もまた、入居者を受け身にしてしまう「与えられる場所」になり得ます。
高野氏が羽根木の空き地で実践したのは、答えを決めすぎない「余白」のデザインでした。地形の起伏、不揃いな石、流れる水——遊びの形を大人があらかじめ決めるのではなく、子ども自身が発見し、創造できる余白を残すこと。この余白の思想は、高齢者福祉施設の庭づくりにおいても、驚くほど普遍的な指針になります。
住民自身が空間をつくり、育てていく「By people」の思想を、私たちは高齢者福祉施設において「By oneself(その人自身の手で)」という視点に翻訳しています。庭に出る、花に触れる、誰かと話す——小さな行為であっても、それを自分自身で選び取れることこそが、暮らしの主体性を支えるからです。
高野氏から学んだのは、特定の遊具の形やデザイン手法そのものではなく、「環境をどう育てれば、人はそこで主体的にふるまえるようになるか」という、もっと根源的な問いの立て方でした。アトリエアムニーでは、この問いの立て方こそを設計思想の中心に据えています。
環境心理学者ジェームズ・J・ギブソンが提唱した「アフォーダンス理論」は、環境そのものが人の行動を誘発する、という考え方です。段差は「座る」を誘い、木陰は「憩う」を誘う。プレーパークの遊具のない広場が「遊ぶ」を誘発するように、高齢者福祉施設の庭もまた、環境の設計次第で入居者の行動を静かに誘発することができます。プレーパークの視点を、高齢者福祉施設の暮らしの言葉に翻訳すると、次のようになります。
Playpark自由に遊べる環境
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Care Garden庭へ出たくなる
段差のない出入口、日だまりのベンチ、風にそよぐ植栽。「出ておいで」と言わなくても、思わず引き寄せられる庭が、外に出る最初の一歩を後押しします。
Playpark自己決定
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Care Garden自分で居場所を選べる
陽だまり、木陰、風通しのよい一角、静かに過ごせる小さなコーナー。「今日はどこで過ごすか」を自分で選べることが、暮らしの中の小さな自己決定を積み重ねます。
Playpark発見
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Care Garden季節を感じる
桜、紫陽花、金木犀、紅葉。四季で表情を変える植栽が、「今日は何か新しい発見がある」という毎日への小さな期待をつくります。
Playpark人との関わり
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Care Garden誰かと話したくなる
立ち止まりやすいベンチの配置、通りがかりに目が合う園路の曲がり角。「話しかけたくなる」動線が、孤立を防ぐ交流のきっかけになります。
Playpark自然との関わり
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Care Garden花に触れたくなる
車椅子のままでも土に触れられる高さのプランター、香りの強いハーブ。かつて庭仕事に親しんだ記憶が、指先の感覚から静かに呼び覚まされます。
Playpark主体性
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Care Garden役割を持つ
水やり当番、花がら摘み、収穫したハーブのお裾分け。「自分にもできることがある」という役割感が、その人らしい暮らしの張りを支えます。
Playpark遊びの中の運動
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Care Garden散歩したくなる
ぐるりと一周できる周回動線、飽きさせない景色の変化。目的地のない散歩でも「もう一周してみようか」と思わせる園路が、自然な運動と気分転換を生みます。
「美しい庭をつくる」ことは、私たちの目的そのものではありません。目的はあくまで、その庭の中で入居者一人ひとりの暮らしが自然に生まれることです。環境心理学の分野では、自然の景観に接することでストレスホルモンの減少や回復が促されるという「ストレス低減理論(Stress Reduction Theory)」や、緑豊かな環境が注意力の疲労を回復させるという「注意回復理論(Attention Restoration Theory)」が知られています。高齢者福祉施設における庭は、こうした回復効果を持つ場であると同時に、次のような多層的な役割を担う「暮らしの舞台」でもあります。
朝の光を浴びる、洗濯物を干す、お茶を飲む。特別なイベントのためではなく、日々の何気ない生活行為そのものが自然に展開される舞台としての庭です。
入居者同士、入居者とご家族、入居者と職員。世代や立場を超えた会話が生まれる、施設の中で数少ない「フラットな場所」としての庭です。ここには、家庭でも職場でもない心地よい居場所を指す「サードプレイス」の考え方が息づいています。
室内の平坦な廊下を歩くのとは異なり、土の感触や傾斜、木漏れ日を感じながら歩く園路は、身体機能の維持だけでなく「歩きたい」という意欲そのものを引き出します。
季節の花、懐かしい野菜、井戸のある風景。五感を通じて呼び起こされる記憶は、回想法(リミニセンス)としての効果を持ち、その人らしさや自己肯定感の回復につながります。
道路から見える花壇、地域の子どもたちが立ち寄れる縁側。施設を閉じた空間にせず、地域社会との緩やかな接点をつくる場としての庭です。
大勢の輪に入るのが苦手な人にも、一人で静かに過ごしたい人にも、それぞれに合った居場所があること。庭は、多様な「その人らしい過ごし方」を受け止める器です。
これらはすべて、根拠に基づくデザイン(エビデンス・ベースド・デザイン/EBD)や「バイオフィリア」——人は本来、自然とのつながりを求める存在であるという考え方——によっても裏づけられています。庭を単なる「見た目」の問題として扱うのではなく、暮らしそのものを支える機能として設計すること。それが、アトリエアムニーが高齢者福祉施設の庭・外構・中庭に向き合う際の基本姿勢です。
「遊びの環境設計」から「暮らしの環境設計」へ。高野文彰氏から受け継いだ思想は、対象が子どもから高齢者へと変わっても、その骨格を失うことはありません。私たちがケアガーデンと呼ぶのは、単に緑が多い庭のことではなく、利用者の主体性を引き出すランドスケープ、人の行動を育てる環境のことです。
01
来客からどう見えるかではなく、そこで暮らす入居者が何を感じ、どう動きたくなるかを起点に設計します。美しさは、暮らしが自然に生まれた結果として立ち上がるものだと考えています。
02
環境心理学やバイオフィリックデザイン、エビデンス・ベースド・デザインの知見を取り入れながら、感覚的な「良さそう」ではなく、根拠のある「暮らしやすさ」を積み上げていきます。
03
庭は、つくって終わりではありません。職員の見守り動線や維持管理のしやすさまで含めて設計し、法人・施設職員とともに、庭を育て続けていく体制を大切にしています。
高野氏が羽根木の空き地で泥まみれになりながら実践した「ゼロから環境を立ち上げる」精神は、時を経て、高齢者福祉施設という異なる舞台の上で、静かに、しかし確かに息づいています。
プレーパークと高齢者福祉施設のランドスケープは、一見すると遠い分野のように見えます。しかし、その根底には「人が主体的に環境と関われるかどうか」という、たった一つの共通した問いがあります。
高野文彰氏が提唱した「By people」の思想。遊具を与えるのではなく、遊びが生まれる余白を、市民・子ども自身の手でつくり育てていくという考え方です。
自由・主体性・自己決定・発見・関わりというプレーパークの視点は、散歩、花に触れる、居場所を選ぶ、役割を持つといった、高齢者の暮らしの言葉へと翻訳されます。
「庭をつくる」のではなく「暮らしが生まれる環境をつくる」。この一点にこそ、アトリエアムニーが高野氏から受け継ぎ、発展させてきた設計思想が凝縮されています。
本コラムの考察は、以下の関連コラム・一次資料・理論的知見を基盤としています。
高野文彰「参加とデザインの質」〜ピープルズ・パークから世田谷プレーパークへ|造園思想からみる子どもの遊び場づくり
→ 元記事を読む
高齢者福祉施設の外構・庭づくり|ランドスケープデザイン・施工実例
→ 実例ページを見る
高野文彰・村松徳彦「特集・ランドスケープデザインにおける住民参加論 住民参加とデザインの質」
『ランドスケープ研究』(日本造園学会誌)第60巻第3号、212〜214ページ、1997年
→ J-STAGEで論文PDFを見る
高野文彰「against, for, with, by・・・・」『造園雑誌』第44巻第2号、日本造園学会、1980年
James J. Gibson, The Ecological Approach to Visual Perception, 1979年(アフォーダンス理論)
Rachel Kaplan & Stephen Kaplan, The Experience of Nature: A Psychological Perspective, 1989年(Attention Restoration Theory)
Roger S. Ulrich, "View through a window may influence recovery from surgery", Science, 1984年(Stress Reduction Theory)
Edward O. Wilson, Biophilia, ハーバード大学出版局、1984年
Ray Oldenburg, The Great Good Place, 1989年(サードプレイス理論)
Roger S. Ulrich et al., "A Review of the Research Literature on Evidence-Based Healthcare Design", HERD, 2008年(エビデンス・ベースド・デザイン)
※本コラムは、上記の記事・理論的知見を踏まえた考察記事です。各理論の紹介は要旨にとどめており、原典・詳細な内容については各リンク先および文献をご参照ください。
「遊びが生まれる環境から、暮らしが生まれる環境へ」という思想は、いま、高齢者福祉施設・グループホーム・幼老共生施設の外構・庭づくりというかたちで実践されています。散歩したくなる園路、花に触れたくなるプランター、誰かと話したくなるベンチ配置——アトリエアムニーが手がけた庭の具体的な姿をご覧ください。
高齢者福祉施設の外構・庭づくりの実例を見る →高野文彰氏から学んだ「環境を育てる」という思想は、子どもの遊び場を設計するときも、高齢者福祉施設の庭を設計するときも、私たちの中で少しも変わりません。既製のベンチや植栽をただ配置するのではなく、その場所で暮らす一人ひとりが「今日はここで過ごしてみよう」「花に触れてみよう」と思える余白を、どうデザインするか——それが私たちの仕事の出発点です。土に触れ、季節を感じ、誰かと言葉を交わす。そうした当たり前の暮らしの豊かさを、法人・施設職員の皆さまと一緒に育てていく伴走サポートを、これからも大切にしていきたいと思います。
ビオトープ施工管理士 / グッドデザイン賞・国土交通大臣賞受賞 株式会社アトリエアムニー代表 飯沼伸久