現代の日本において、最も急速に失われつつある自然は何か。それは、戦後、国土の30%以上を占めていた広大な「草原」に他なりません。現在、その面積は1%以下にまで激減し、私たちの足元から、かつて当たり前に存在した生態系が静かに姿を消しているのです。
この失われゆく草原の中に、日本の原風景ともいえる「水田畦畔(すいでんあぜ)」があります。それは原生の自然ではなく、弥生時代より続く稲作文化の中で、春先の畔塗りや定期的な草刈りといった、人の営みとの絶え間ない相互作用によって維持されてきた「二次的自然」です。人の手が育んだこの繊細な環境は、多様な草花や昆虫の生命を育む、かけがえのない揺りかごでした。
私たちは、この記憶の中の風景を未来へと繋ぐ試みを始めました。「ライフの学校 萩の風キャンパス」では、まず、この畦道と野原(はらっぱ)の再生に着手。単なる郷愁の再現に留まらず、これからの地域社会の営みと調和する、生きた文化的景観の再創出を目指しました。
さらにその思想は、「医、食、住と学びの多世代交流複合施設 アンダンチ」において、一つの希望に満ちた実践へと昇華します。私たちは、地元の草花が根付く野原を造成し、こう問いかけました。「この草原は、子どもたちの無心な遊びという『営み』だけで、維持されうるだろうか」と。
結果は、私たちの想像を超える感動的な光景となって現れました。子どもたちの笑い声、駆け回る足跡、草の上に寝転がる無垢な営みそのものが、外来種の繁茂を抑え、可憐な在来の草花が咲き誇るための最適な「環境圧」となったのです。それは、人の営みが自然を育むという、古来からの共生の形が、未来を担う子どもたちの手によって無意識のうちに再構築された瞬間でした。
人の計画的な管理ではなく、生命の根源的な喜びに満ちた「遊び」が、草原生態系を維持する。足元から失われた原風景は、今、子どもたちの笑顔の中で、未来へと続く新たな物語を紡ぎ始めています。保育園や高齢者施設の外構設計において、在来の草花を用いた「原っぱ的空間」を取り入れることは、環境教育・回想療法・自然体験の場として機能し、施設の価値を大きく高めます。